Friday, July 17, 2009

お粗末な人生

cover
男はプライドの
生きものだから
テレンス・リアル
 彼は自分が望む将来のゴールはしっかりと見定めていたが、過去はことごとく消却してしまっていた。思い出したくない過去に背を向けて痛みを埋葬しようとしたのだが、彼の感情はそれについていけなかった。酔いつぶれた母のそばに侍る少年は、自分が大人になったら家族をこんな目には遭わせたくないと思ったにちがいない。しかし、彼が自分の家族に与えたものは、逃れようとした過去とさして変わらない生活だった。デイビッドは暴力へ、トーマスは家庭を放棄することへと、どちらも無意識のうちに、自分自身が体験したことと同じものを家族にもたらしたのである。
 トーマスが長い間抱えていた「隠れたうつ病」は娘たちに拒絶されて自分の存在感が危うくなった時に、深刻な「表面化したうつ病」に変わった。トーマス自身が、常に背後に暗いものがつきまとっていたことを、後になって認めている。
「何をしても充実感はありませんでした。むしろ、こうして突っ走っていなければ何かひどいことが起こるような気がしてました。仕事で成功するたびに少しずつ楽にはなってきたが、いつも次に何が待ち構えているかを恐れて、気の休まることはなかったのです」
 友人もなく、仕事以外に興味を寄せるものもなく、家庭では他人のように振る舞うだけのトーマスは、食べ物と職場での賛辞と有望株の明細書を慰めにして生きてきた。
「こうしてみると、お粗末な人生でした」
 彼は無念そうに認めた。トーマスは自分でも気づかずに、愛情に飢え、自分を無価値に感じていた子供のころの痛みから逃げようとしていた。経済的に豊かになることにその代償を求めて逃げつづけてきたのである。今回の危機が訪れるまでは、人並み以上の財産や仕事の手腕や地位など、外的な要素で心の傷の一部を癒すことができたのである。彼にとっては、これが真の人間関係の代わりに服用せざるを得なかった薬だった。多くの「隠れたうつ病」の男性と同様に、トーマスも自分自身の感情を正視できないために、他者と親密な関係を持てなかった。

0 comments:

Post a Comment