そして日本の場合も、和銅元年(708年)から約250年間、政府がいかに努力しても貨幣は定着せず、永延元年(987年)一条天皇が銭貨の通用の促進を命じながら、一面ではその通用を限定し、仏事にだけ全面的に使ってよいとしたときに、長い貨幣定着の努力は失敗に終わった。そして准米・准布・准帛(ぱく)とよばれる生産物が納税および交換手段に用いられた。これらは一種の物品貨幣と見てよいだろう。
日本人とは何か。
山本七平
昔からお役人とは保守的なもので、一度きめたことは変えたがらない。経済は徐々に発展し、貨幣を導入すべき状態になっても、貨幣経済に移行しようとしない。これは准米・准布の公定価格を定めた万物沽価(こか)法を混乱させるという理由であったらしいが、もう一つには材料の酸化銅を掘り尽くして、銅銭鋳造の原料がなくなったことにもあった。
後述するが、かつて世界三銅産国の一つといわれた日本も、その鉱石の殆どすべて硫黄と結合した硫化銅であり、これの精錬技術が当時はまだ開発されていなかったからである。こういう状態だとお役人はあらゆる「できない条件」を並べ立てて不思議でない。もしこの状態がそのまま継続したら、日本の経済はそのまま停滞したかも知れぬ。
[pp. 309]
Sunday, March 20, 2011
でも増税はできます。
Monday, July 5, 2010
秘密の道具
コンサルタントの秘密
G・M・ワインバーグ
利口でありたい、成功したいと望み、そのために賭けに負けてばか面を晒す人間は、私一人ではないだろう。いつも正当でありたいと望んでいると、自分の思考過程に何が欠けているか気づくことが格別困難になる。だがジュディーとの不面目な賭けに負けて私は、自分の「何が欠けているか」を見つける技法の持ち合わせをふやさなければ、そして中でも自分自身の思考に関するものをたくさん見つけなければ、と思うようになった。
ソフトウェア設計家との仕事を通じて私は、欠けているものを見つけ出すためのそういった道具をすでに発見していた。ソフトウェア設計過程をチェックするためのやりかたとして、著者たちは次の「三の法則」を教えている。
自分の計画を駄目にする原因が三つ考えられないようなら、思考過程の方に何か問題がある。
Saturday, May 1, 2010
有為転変
50代前半の白楽天の詩について。
境遇は己と関わらぬところで決められるものであり、いかなる場に置かれても内面の静謐を保つ、という態度は中国士大夫の求めたところであり、白楽天もそんな思いをたびたびうたってはきた。しかしそれらの詩篇とこの詩は感触が異なる。自分の心を平静に保とうと努める様子はなく、諦観にも似た感慨を漏らしている。いや、ここにあるのは諦観とか達観とかいうより、自分の置かれた状況にしらけてしまった無気力といった方がいい。中書舎人という職、このまま官界を歩んでいけば宰相にも手が届く地位。が、そんな野心はまるでないかのようだ。どうなろうとなりゆきまかせ、自分は自分の人生を操ることから手を引いてしまおう、と言っているかに見える。
白楽天
官と隠のはざまで
川合康三
[pp.173]
Friday, April 2, 2010
法学部出身者が一番エライ国の経済政策
宮崎 あのですね、経済政策に直接的、間接的に影響を与えうるのは経済の専門家ばかりじゃないのです。例えば経済学の近接領域である政治学者の影響力もバカにならない。
日本経済復活
一番かんたんな方法
勝間和代
宮崎哲弥
飯田泰之
しかし、ここが一番ひどい状態なんです。例えば有斐閣のアルマというテキストシリーズの一冊に『比較政治制度論』があります。2008年の秋に上梓された本ですが、この9章で「中央銀行制度」が取り上げられているのですが、これがひどい!
「長期的な経済成長のためにはインフレ抑制が重要」とか、「中央銀行の独立性が弱いとインフレ率が上昇しがち」とか、「左派政権は労働者の雇用を守るためにインフレを甘受する傾向がある」などと堂々と記述されているうえに、徹頭徹尾、中央銀行の独立性=善、政治家の金融政策への介入=悪、インフレ抑制=善、金融緩和=悪というバイアスによって貫かれている。すごいのは、この章、インフレという語が頻出しているのに、デフレという言葉は一度も出てこないのです!
著者は建林正彦、曽我謙悟、待島聡史という勝間さんとほぼ同世代の、東大、京大の法学部出身の政治学者で、それぞれ一流大学の教授、准教授です。エリート研究者のレヴェルがこれですもん。あとは推して知るべし。[pp.173]
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